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zoom RSS 跡継ぎ社長に対する心配(その2)

<<   作成日時 : 2012/08/26 19:58   >>

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最近ウチの社長がしばしば口にしている事柄は、「職員の愛社精神」ということです。いわく、最近の若い連中は、愛社精神というものがなくなった・・・。

戦後すぐの時代であれば、食糧難、あるいは就職難でしたから、食べ物のお土産は喜ばれましたし、少し食事をおごっても感謝され、あるいはまた雇用してもらっただけでも有難いという時代でした。しかしながら、現在は、飽食の時代であり、また職業選択の余地も拡大しましたので、食べ物の有難味や「一社懸命」の精神も薄れた飽食・転職の時代となっています。

職業で言えば、同じような業務内容であれば、給料の高い会社や仕事の楽な会社の方へ流れてしまうのが人情であり、愛社精神なるものは極めて希薄になっていると言えます。そうした中で愛社精神の話をウチの社長が持ち出すのは、言うまでもなく後継社長のことが心配だからに他なりません。愛社精神なるものが健在であれば、後継社長が多少能力的に劣後していたしても、組織を維持することが可能であるという甘い見通しに考えが傾いているわけです。

ウチの社長としては、業界平均以上の給与水準を維持し、なおかつ研修などにも会社負担で送り出し、有給休暇の取得にも目をつむり、職員に対しては相当に奮発した「厚遇」を用意している積もりなのですが、職員の側はそれほど優遇されているという認識はなさそうです。現代社会の生活水準に当てはめれば、育った時代背景自体の貧しかったウチの社長の認識は、いわば時代遅れであり、職員は誰も厚遇を受けているという解釈はしておりません。

こうした認識相違は、時代背景が変化したという事柄も理由とはなりますが、昔の例に照らしてみても、ウチの社長の認識の方が甘すぎるものと思います。

たとえば、石田三成が島左近を招いた折には、三成は自分の収入4万石のうちの実に半分2万石を島左近に与えています。2万石という石高自体も破格の厚遇(徳川の大身旗本でも3000〜5000石)ですが、自分の石高の半分を部下に与えてしまうという三成の思い切りの良さも破格です。

もちろん石高が多い方が武士としても経済的に魅力的なわけですが、その額からは同時に自分の評価と自分に対する主君の思い入れの度合いが分かります。

島左近は、伝えられるその人柄から察して、提示された石高の大きさという経済的要素を第一の判断材料として士官を決めたのではないと思います。おそらくは、その提示額から窺える三成の思い入れの大きさと実直さを見て士官を決めたのでしょう。

人間、相手を認める場合の判断材料としては、カネだけではなく、やはり礼儀だとか思い入れ、気持ちの問題も大きく関係します。もちろん、カネの面にもそれは現れますので、或る程度はカネの多寡も判断材料とはなりますが、経済面が一般水準以上の提示であるならば、あとは基本的には主君の「思い入れ」の大きさが一番大きな判断材料です。思い入れがあれば、やはりそれ相応に部下に対する礼節や扱い方に違いがあり、そのことは部下の側にも十分伝わりますし感じ取れるものです。

ところで以前、年賀状の話を書いたことがありますが、これなどは結構大事な判断材料であり、私は重視しています。目下の者や部下が、目上の人や上司に年賀状を出すのはいわば当然です。そして年賀状が届いたら、少なくとも返事を出すのは一般的礼儀と言えますが、上司の中には部下には返事を出さない人もいます。上司でかつ目上であるならば、多くの部下から届く年賀状にいちいち返事を書くのは煩わしいので、書かないということも或る程度許されます。

しかしながら、最近は年下の上司、年上の部下という関係も珍しくありません。年上の部下から年賀状が届いた場合には、これは当然返事を出すのが礼儀というものです。あるいは逆に、年下の上司から届いた年賀状に対しても、返事は出すべきものです。

そこでウチの社長一族の話を書きたかったわけですが、社長一族は私が年賀状を出してもこれまで一度も返事が来たことがありません。ウチの次長は部下なので、当然年賀状は来ますが、それ以外の一族はすべて、なしのつぶてです。社長、社長の奥さん、娘、息子に私は毎年出しています。付言しておけば、社長の奥さんも、娘、息子も当社の社員であり、同僚ですので、業務上のやり取りも日常的にしている間柄です。

ここに、ウチの社長一族の考え方とスタンスが集約されています。すべての部下に出す必要はないとしても、一目置く部下には少なくとも返事は出すのが普通だと思いますし、息子や娘は目上の部下の私には出すのが礼儀というものです。それを出さないということは、いくら口で上手なことを言っていたとしても、私の存在はそれだけのものと解釈していることになります。その礼節の欠落は補い様がありません。

礼節というものは、見えないようでいて、いざ鎌倉という場合には、結構大きな威力を発揮します。部下の忠誠心の欠落を嘆く以前に、上司は自らの礼節の欠落と驕りのあるなしを反省してみるべきです。上司の礼節なくして部下の忠誠心なしということです。

なお、私は会社の主要幹部に対してはもちろん、部下からの年賀状にも返事は必ず出します。なにしろ、ウチの主任にも出していますから。

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